2010年8月21日土曜日

鶴見良行『東南アジアを知る - 私の方法 - 』(1995)

家族で実家に帰省中、長らく置きっぱなしにしていた本を少し処分することにしました。でも、予想通り、本の整理というのはなかなか進みません。本棚を眺めていると気になる本が次々に出てきて、パラパラとめくったりしているうちに時間が過ぎてタイムアウトになってしまうのです。

ということで今回も本の量はほとんど減らなかったのですが、改めて読み直したい本がいくつか出てきました。そんな本を紹介します。

まずは、鶴見良行さんの『東南アジアを知る』。東南アジアの特に島嶼部を歩き回り、ナマコやエビ、バナナなどを通して人々の暮らしやアジアと日本との結びつきを考察してきた著者の、研究の方法論や立ち位置などが記された本です。
東南アジアを知る―私の方法 (岩波新書)
東南アジアを知る―私の方法 (岩波新書)鶴見 良行

岩波書店 1995-11
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おすすめ平均 star
star彼は、年を取ってから仕事をした
star裸足の研究者・鶴見良行の軌跡。
star筆者の偉大さに触れられる本です。

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この新書は鶴見さんが亡くなった後に発行されたいわば遺稿なのですが、僕にとってはこの本が初めて接する鶴見さんの本でした。自ら現地に飛び込んで取材や調査したことと、学問的な知識やモノの見方を突き合わせて独自の視点を生み出していく様子が鮮やかに描かれていて、興奮しながら読み進めたことを覚えています。

発行から15年が経つ今でも、その瑞々しい内容は全く色あせていませんでした。まだ途中までしか再読していませんが、特に気になった一節を引用します。

知は知だけで力になることはありません。知は運動と結びついて初めて力となります。日本の今日の運動の多くは(中略)被害者の運動です。市民運動は、こうした性格を持っています。痛みがあるから運動には馬力があるが、力だけでは暴力になりかねない。無知は恐ろしいのです。」(p.71-72)


なるほど、と感じました。ただ、後半部分については、最近特に若い人たちの間で生まれつつあるムーブメント-例えばTEDxTokyo、半農半X、新しい公共、Green Drinks Tokyoだとか-には、被害者意識から始まったのではないものも多くあるように思います。「個別の案件について自分たちが被ったマイナスを補償してほしい」という動機よりも、「現状からプラスに持っていこう」あるいは「社会が全体としてマイナスの方向に向かっているからそれを変えていこう」といったような動機なのではないかと。このあたりのことはまた機会をとらえて考えてみたいと思います。

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