2011年2月19日土曜日

「ブライアン・グリーンが語るひも理論」(日本語訳文)

以下は、TED Talksのひとつ「ブライアン・グリーンが語るひも理論(Brian Greene on string theory)」の、拙訳による日本語訳文です。このトークの紹介についてはこちらをご覧ください。








1919年のことでした ほとんど無名のドイツ人数学者テオドール・カルツァが とても大胆で、ある意味突飛なアイデアを思いついたのです 彼は、我々の宇宙には 実のところ皆が知っている3つの次元よりも 多くの次元があるかもしれないと言ったのです 左右、前後、そして上下に加えて どういう訳か私たちには見えないけれど、さらに多くの次元の空間が あるかもしれないとカルツァは定義したのです 誰かが打ち出した大胆で突飛なアイデアというのは たしかに大胆で突飛ではあるけれど 実世界とは全く関係がないということが往々にしてあります でもカルツァのこのアイデアは、 まだそれが正しいのか間違っているのかはわかりませんが- この講演の最後に、数年後にはその正誤がはっきりするかもしれない 実験のことをお話しするつもりです- このアイデアは20世紀の物理学に大きな衝撃を与えました そして今も数多くの最新の研究に知見を与えているのです

今から、そうした余剰次元についての話をしていきましょう どこから始めましょうか? まずは少し背景を知る必要があります 1907年に戻ります この年、アインシュタインは相対性特殊理論を発見した 心地よい満足感に浸りながら 新しいプロジェクトに取りかかろうとしていました 壮大で広く行き渡る重力の力を完全に理解しようというプロジェクトです 当時、多くの人々は そんなことはもう解決済みだと考えていました ニュートンが17世紀後半に重力理論を打ち出していて それはうまく機能し、惑星や月などの 運動をよく表していました 作り話でしょうが、木からりんごが落ちて 人の頭を打ったという運動もそうです これらは全てニュートンの式を使って表せたのです

でもアインシュタインは、ニュートンが何かを積み残していることに気づきました ニュートン自身でさえ 自分は重力の影響は計算できるけれど それが実際どのように働くのかは理解できていないと書いていました 一体どうやって1億5000万キロも彼方の太陽が 地球の運動に影響を与えるのか? 一体どうやって太陽が空っぽの慣性空間を通り抜けて影響を及ぼすのか? これが、アインシュタインが重力の働きを理解するために 取り組んだ仕事です 彼が発見したものをお見せしましょう アインシュタインは 重力を伝達する媒体は空間自体であるということを発見しました こんなアイデアです 空間というのは存在するもの全ての基盤だと考えてみてください

アインシュタインは、もし物質がなければ空間はきれいな平面だと述べました でも、もし太陽のように物質がある場合は 空間の基礎構造が歪み、曲がってしまうのです そしてそれが重力の力を伝えるのです 地球でさえ周囲にある空間を曲げています では月を見てみましょう 今述べた考えによれば、月が軌道を回るのは 太陽と月、そして地球がそれぞれ自らの存在によって作り出す 曲がった空間の谷間に沿って転がっているからです 全体像を見てみましょう 地球が軌道を保っているのは 太陽の存在によって曲がった空間の中で 谷間に沿って転がっているからです これが重力の働きに関する新しい考え方です

このアイデアは1919年に天文観測によって検証されました 本当にその通りでした 観測によってデータが裏打ちされたのです これによりアインシュタインは世界的な名声を得ました そしてカルツァは考えたのです 彼もアインシュタインのようにいわゆる「統一理論」を探していました ひとつの考え方、ひとつの原理、 そしてひとつの方程式で全ての自然界の力を 説明することができる理論のことです カルツァは考えました アインシュタインは重力を空間、より正確に言えば時空、の 歪みと曲がりという視点から 説明することができた 他に知られている力を使って自分にも同じことができるのではないか その力とは、電磁力として知られているものでした 現在では他にも力があることが知られていますが、 当時はそれが重力以外に考えられる唯一の力でした つまり電気や、磁石の引き付けなどを 引き起こす力のことです

カルツァは、アインシュタインと同じようにして 電磁力を歪みと曲がりで説明できるのではないかと考えたのです ここで疑問が湧いてきます 何の歪みと曲がりなのかということです アインシュタインがすでに重力を説明するために 空間と時間の歪みと曲がりを使っています 他に歪んだり曲がったりするものは何もなさそうに見えました それでカルツァは、恐らく空間にはより多くの次元があるのだろうと考えました 曰く、ひとつ多くの力を説明するためには ひとつ多い次元が必要になるということです カルツァは世界が3次元ではなく4次元だと想定して 電磁力は第4の次元における歪みと曲がりだと 考えたのです ここに注目してください カルツァが3次元ではなく4次元の宇宙における 歪みと曲がりを説明する方程式を書き出した時 彼はアインシュタインがすでに3次元で導き出していた方程式を見出しました それらは重力を説明するための方程式です でもカルツァは次元がひとつ増えたことによるもうひとつの方程式も見つけました その方程式を見てみると それは正に科学者たちが長年の間 電磁力を表すために使ってきた方程式でした 驚くべきことです それがポンと現れてきたのです このことに気づいたカルツァは興奮のあまり 家の中を走り回って「勝った!」と叫びました 自分は統一理論を見つけたのだと

明らかに、カルツァは理論を非常に重んじる人でした 実際、 ある話によるとカルツァが泳ぐことを学ぼうとした時 彼は水泳に関する学術論文を読んで (笑) それから海に飛び込んだそうです 自らの命を理論に賭けるような男でした でも、我々のようにもう少し現実的な人々は 彼の報告に対してたちまち2つの疑問を抱きます まず、 もし空間により多くの次元があるのなら、それはどこにあるのか? 誰の目にも見えないように思えるのです そして2つ目: この理論は、実際の世界にあてはめた時に 細部まで本当にうまく働くのか? 最初の疑問への答えは1926年にオスカー・クラインによって 出されました クラインは、空間には2つの種類があるかもしれないと述べました 大きくて簡単に見える次元もあれば ちっぽけで巻き上げられてしまっている次元もあり得ると それらはあまりに小さく巻き上げられているため、身の回りにあっても 我々の目には見えないのだと言うのです

視覚的に言えばこういうことです 信号を支えているケーブルのようなものを 見ていると想像してください マンハッタンの、セントラル パークにいます-あまり関係ありませんが- 遠くからだと、ケーブルは1次元に見えます でもそれがいくらかの厚みを持っていることは皆知っています ただ、遠くからだと見るのがとても難しいのです もしズームインして例えば歩き回っているアリの 立場に立ったなら、 アリはとても小さいのでケーブルの全ての次元に立ち入ることができます 長い次元だけでなく 時計回りにも、反時計回りの方向にも行くことができます 理解いただけると嬉しいのですが アリにこうしたことをさせるのはすごく大変だったのです

(笑)

でもこれにより次元には2つの種類があり得ることが確かめられました 大きいものと小さいものです そして我々の周りにある大きな次元というのは 簡単に見ることができるけれど ケーブルの丸い部分のように巻き上げられているその他の次元 というものがあるかもしれず それらはあまりに小さいのでこれまで見えないままだったのです それがどういうものなのかをお見せしましょう もし、例えば空間自体を見たとすると スクリーン上では2次元しか見せることができません 誰かがそのうち改善してくれるかもしれませんが、 とにかくスクリーン上で平らでないものは全て新しい次元で、 どんどんと小さくなっていき 空間自体の微細な深さに紛れ込んでしまいます これがその考え方です この世には巻き上げられている余剰次元があり得るのです

ここに小さな円の形があります あまりに小さいので我々には見えません でも、超微細なアリであれば 私たちが知っている大きな次元を歩き回れますし- 格子の部分のようなところです- あまりに小さくて私たちの肉眼では見えないし 最先端の設備を使っても見ることができないような 小さく巻き上げられた次元にも行くことができるでしょう 空間自体の基礎構造に深く押し込まれてはいますが、 今見ているように、より多くの次元があり得るのです これが、宇宙には我々の目に見えるよりも多くの次元があるかもしれない ということの説明です では、私の2番目の疑問についてはどうでしょう この理論は現実の世界にあてはめた時に 本当に上手く働くのかという問いです

アインシュタインやカルツァ、そして他の多くの人々が この枠組みを練り上げて、それぞれの時代に 理解されていた宇宙の物理学に当てはめようとしましたが 細かいところではその理論は機能しませんでした 例えば 彼らはこの理論で正しく働く 電子の質量を得ることができませんでした 非常に多くの人が取り組みましたが、1940年代か、もしくは50年代までには確実に いかにして物理法則を統一するかという この奇妙だけれども説得力のあるアイデアは消え去ってしまったのです 私たちの時代に素晴らしいことが起きるまでは 現在、物理法則を統一しようとする新しい取り組みが 私自身や世界中の大勢の物理学者によって 進められています それは、超ひも理論と呼ばれています 超ひも理論の素晴らしいところは 一見したところでは余剰次元の考え方とは無関係なのに この理論を学ぶと それが余剰次元のアイデアを全く新しい形でよみがえらせる点です

どうしてそうなるのかをお話ししましょう 超ひも理論とは何でしょうか? それは、この質問に答えようとする理論です: 我々を取り囲む世界にある全てを作り上げる基礎となる 目に見えずそれ以上は分割もできない構成要素は何か? こういうことを考えるのです ローソク立ての中のローソクのように身近なものを思い浮かべて下さい それが何で出来ているのかを調べたがっているとします その物体の奥深くに入り込んで構成要素を調べましょう 非常に奥深くまで入り込めば、知っての通り原子があります 原子で終わりではないこともご存じでしょう 原子は、中性子と陽子でできた原子核とその周りに群がる 電子から成ります 中性子や陽子でさえ、その中にクォークというより小さな粒子を持っています 伝統的な考えではここで終わりでした

ここからがひも理論の新しい考え方です これらの粒子の奥深くには、何か別なものがあります それはこのような踊るエネルギーの繊維です 振動するひものように見えるので ひも理論という名前がつきました 振動するひもはチェロを見ればわかるように 異なるパターンで振動できますが エネルギーのひもでも同じことが言えます 異なる音程を生み出すことはありませんが この世界を構成している異なる粒子を生み出すのです もしこの考えが正しければ 宇宙の超微細な光景はこのように見えるでしょう 宇宙は、膨大な数の小さな振動する エネルギーの繊維が、異なる振動数で震えることによって 作り出されているのです 異なる振動数は異なる粒子を作り出します それらの異なる粒子が この世界の多様性を生み出しているのです

ここに統一性があります 物質粒子、電子とクォーク、放射粒子、 光子、重力子がすべてひとつの存在から作り上げられることになるからです 自然界の物質と力の全てが振動するひもの指示のもとで 組み立てられるのです それが統一理論の意味するところです 問題点もあります ひも理論の数学を学ぶと それが3次元の空間を持つ 宇宙では上手く働かないことに気づきます 4次元でも、5次元でも、6次元でも上手くいきません 10次元の空間と1次元の時間を持つ 宇宙の中でのみ、その方程式を解いてそれが成立する ことを示すことができるのです このことが私たちをカルツァとクラインの考え方へと導き戻します この世界は、適切に描写されたならば 我々に見えるよりも多くの次元を持つという考えです

このことを考えて、よし、いいだろう もし余剰次元があってそれらが本当にぎゅっと巻き上げられているのなら 小さすぎて多分見えないのだろうと思われるかもしれません でももしそこに緑色の人々による微細な文明があって それも小さ過ぎて見えないとすれば ひも理論が予言するには- いや、違います ひも理論はそんな予言はしていませんが

(笑)

でも次の疑問が湧いてきます 我々は、ただこれらの余剰次元を隠してしまおうとしているのか それともそれらはこの世界について何かを教えてくれるのか? 残りの時間で、余剰次元の2つの特徴を話したいと思います まず、私たちの多くはこれらの余剰次元は 恐らくは理論物理学と理論科学にとって最も深い疑問に対する 答えを持っているだろうと考えています その疑問とはこのようなものです:科学者たちがこの100年間してきたように 世界を見渡すと 我々の世界を表す20ほどの数があるように思えます 電子やクォークといった粒子の質量や 重力の強さ、電磁力の強さ といった数です これら20ほどの数は 信じられないほどの正確さで計測されていますが なぜそれらの数が特定の値を持つのか ということは誰も説明できないのです

ひも理論ならば答えられるのでしょうか 今はまだ無理です でも私たちはなぜそれらの数が今の値を持っているのかという答えは 余剰次元の形に関係しているかもしれないと考えています 驚くべきことは、もしそれらの数が 知られている値とは別の値を取ったならば 私たちの知るこの宇宙は存在していないだろうということです これは深い問いです なぜそれらの数はこれほど見事に調整されて 星々が輝き惑星が形成され得るようになっているのか もしあなたがそれらの数をいじることができるならば- もし私が20のダイヤルをここに持っていて 誰かにそれらの数をいじってもらったならば ほとんどどんないじり方をしても宇宙は消え去るでしょう 私たちはそれらの20の数を説明できるのでしょうか? ひも理論は、それらの20の数は 余剰次元と何らかの関係があると示唆しています どのようにかをお見せしましょう ひも理論における余剰次元の話をする時 それはカルツァとクラインが考えたような ひとつの余剰次元ではありません これがひも理論における余剰次元の考え方です 高次の次元たちは密接に関連しあっています

これは、カラビ・ヤウ多様体として知られるものの例です 名前は重要ではありません でもご覧いただけるように 余剰次元たちはそれら自身で畳み込まれていて とても面白い形、興味深い構造で関連しあっています もし余剰次元がこのような姿をしているのならば 我々の周りにあるこの宇宙の微視的な景観は 最も小さな尺度ではこのように見えることでしょう 手を振ると これら余剰次元の間を幾度も動き回っていることになります でもそれらがあまりにも小さいので気づかないのです では、20の数に関連する物理的な意味合いとは何でしょうか?

これをご覧下さい フレンチホルンを見ると 気流の振動は 楽器の形に影響されることがわかるはずです ひも理論では すべての数はひもの振動できる様式を反映したものです だから気流が 楽器のねじれや回転に影響されたように ひも自身も自らが動く環境の中での 振動パターンに影響されるでしょう ひもを登場させます もしこれらの小さなひもが振動していたら- 間もなく現れます-ほらそこに 余剰次元の形状によって ひもの振動が影響されているのがおわかりでしょう

もし高次の次元たちの姿を正確に知ることができれば- 今はまだですが、もしそうできれば- 作り出され得る響き、つまり振動パターンを 計算することができるでしょう そしてもし可能な振動パターンを計算できれば お話ししてきた20の数を計算することもできるはずです もしその計算から得られた答えが 細かくて正確な実験を 通して得られた それらの数の値と一致したならば そのことは多くの点でなぜ宇宙がこのような構造をしているのかということに対する 初めての根本的な説明になるでしょう 最後に話したい2番目の問題はこれです: どのようにしてこれらの余剰次元をより直接的に検証することができるのか? これは今まで説明されていなかった世界についての 特徴を説明できるかもしれない 興味深い数学的な構造にすぎないのでしょうか、 それとも私たちは実際に余剰次元を検証することができるのでしょうか? これは、本当に心が躍ることですが 5年ばかり経てばこれら余剰次元の存在を 検証できるようになるかもしれません

どういうことかと言うと スイスのジュネーブにあるCERNでは 大型ハドロン衝突型加速器と呼ばれる機械が建設されています 粒子を光に近い速さで反対向きに トンネルに送り込む機械です しばしば、それらの粒子はお互いを目がけていくでしょう それで正面衝突が起きます 期待しているのは もし衝突が十分なエネルギーを生み出せば 衝突による破片の一部を我々の次元から追い出して 他の次元に入り込ませることができるかもしれないということです どうやってそれを知ることができるのか? 衝突の後にエネルギーの量を計測して 衝突前のエネルギー量と比べます 衝突後の方がエネルギーが少なければ エネルギーが流れ出したことの証明になります もしその流出が我々に計算できる正しいパターンに従っていれば これが余剰次元の存在を証明することになるでしょう

この考え方を視覚的にお見せしましょう 重力子と呼ばれる粒子を思い浮かべてください 我々は、もし余剰次元が実在するならこれが押し出される 破片になるのではないかと考えています 実験はこのように行われます これらの重力子を手にとって、強くたたき合わせます もし私たちが正しければ その衝突によるエネルギーの一部が かけらになって余剰次元へと飛んでいきます こうした実験を これからの5年、7年から10年後あたりにやろうとしています もしこの実験が実を結んで その種の粒子が押し出されたことを 当初よりも我々の次元でのエネルギーが減ったことで 把握できれば 余剰次元の存在を示すことになるでしょう

私にとってこれは本当に注目すべき話であり 大きな機会です ニュートンによる絶対空間の考えは  宇宙で物事が起こる場や舞台を 提供したに過ぎませんでした アインシュタインが現れて 時空は歪んだり曲がったりすることができ、それが重力だと言いました そして今、ひも理論はこう言います 重力と量子力学、電磁力は すべて同じところに由来している ただし、もし宇宙が我々に見えるよりも多くの次元を持っていればの話だけれど、と これは私たちが生きている間にそれを検証するかもしれない実験です ものすごい可能性を秘めています どうもありがとう

(拍手)

※この翻訳はMasaaki Uenoさんにレビューしていただきました。

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